子供の頃、僕はかなりひ弱で、なにかのきっかけで
よく小児ぜんそくの発作を起こしました。
発作って、子供にとってはかなりきつくて(大人でもそうですけど)、
“このまま死んじゃいたい”って思ったりしました。
それで、おやじに担がれて病院にいく。
こどもにとっては、巨大な血管注射を打たれる。
気持ち悪くなる、しばらくすると、落ち着く。
発作がおこるとこんな感じの繰り返しでした。

ある日。発作が起きて
おやじに担がれてた時のこと。
その日は、いつも以上にきつかった。
僕はぐったり・・・。肩で息をするのがやっと。
おそらくおやじは、このまま息子は死んじまうんじゃないか、って
思ったのでは。。
その時の言葉なんですが、今でもよく覚えてます。

“いいか。おまえの苦しさは、お父さんにもだれにもわかんねぇんだ。
代わりたくても、だれも代わってやることができないんだ。
だから、おまえがその体を治すしかないんだ”

ウン・・・。
苦しいからではなく、親父の言葉がなんだかあったかくて
涙がでてきました。


別の日。
子供会のキャンプで1泊旅行したときのこと。
その夜も環境が変わったせいか、次の日の朝発作。
僕が大人の部屋でやすんでいると、
山登りを終えた上の子達がやってきて、
“おい、だいじょうぶか?あっ、先生、こいつ泣いてるよ。
具合悪いんだよ。早く家に帰してあげよう。”

泣いてたのは、君たちが来てくれたことがうれしかったんですよ。


喘息であったことはいい経験だったと思います。
なぜならその苦しさがわかるから、
その人にやさしくなれるからです。
それと、人のやさしさを知れたからです。

僕の子供も喘息気があるのですが、
いろんな人の気持ちがわかる大人になってほしいものです。